安平町あびら教育フォーラム2024 日本一の公教育のまちを徹底解剖 変化受け入れる学校に 文科省の岩岡教育官が講演( 2024-09-25付)
あびら教育フォーラム・文科省の岩岡学校教育官
【苫小牧発】「日本一の公教育のまち」を目指す安平町の町立早来学園で8月下旬の2日間「あびら教育フォーラム2024」が開かれた。道内外から延べ250人が参加し同町の子育てや教育について考えた。文部科学省教育課程課学校教育官の岩岡寛人氏の講演「子どもも教職員もワクワクする学校づくりに向けて」では「社会が変わっているのだから、教育も変わらなければならない」と指摘。変化を受け入れ楽しむ学校文化を求め、そのための手法を紹介した。
安平町は「日本一の公教育のまち」を掲げ、教育・子育てを中心としたまちづくりを進めている。
フォーラムは、そうした同町の教育を広く道内外に発信するもので、昨年に続き2回目。今回は「まちが学校・学校がまち。~日本一の公教育を目指す安平町を徹底解剖」をテーマに掲げた。
主催は全国で多数の自治体とまちづくりについて連携し、同町の教育魅力化推進事業や小・中学校の総合的な学習の時間のカリキュラム作成なども行っている㈱FoundingBase。
初日、文科省の岩岡学校教育官が「子どもも教職員もワクワクする学校づくりに向けて」と題し講演した。
前鎌倉市教委教育長で、現在は新学習指導要領を作成するチームの中枢として活躍している岩岡氏は「不安とワクワクは表裏一体」「みんな一緒を手放そう」「長いスパンで授業をつくろう」「面白い人と一緒にやろう」「変化を楽しむ学校文化に」などと呼びかけた。
このうち変化については「社会が変わっているのだから、教育も変わらなければならないのは当たり前」と発想の転換を要請。
「子どもは人生経験が少ないので比較的考えを変えやすいが、大人は多くの経験に基づいて考えを築いてきており、意識的に変えないと変えられない。年を取るほど技巧を使わないと考えを変えられなくなる」と述べた。
そのための技巧として「一つは対話やディベート。意見は過去の経験や感情から生まれている。イヌがかわいいという人もいれば、小さい時にほえられ怖いという人もいる。どっちが正しいかは決められない。意見は違って当たり前なのだから相手の意見を受け入れることが大切」「対話は意見のもとにある感情や価値観を共有すること。そうすることで、変化を受け入れる土壌が生まれる」などとアドバイスした。
また鎌倉時代の事例を紹介し「2週間に1回全員で研修した。1人でも破壊者がいるとうまくいかない。変化に強い組織づくりが大切。ただ、リーダーだけが強いのではなくみんなが仲が良いことが大切。仲良しは90%以上の課題を解決する。課題をワクワクに変える」などと述べた。
さらに「不安とワクワクは表裏一体。できそうだと思えばワクワクする。変化を楽しむ学校文化にしてほしい。保守的で有名な鎌倉は変化を楽しむ文化に変わった。ドキドキをワクワクに変える仕事を一緒にやっていこう」と投げかけた。
初日はこのあとブース自由見学・参加・対話「まち全体が遊び・学び・挑戦のフィールド 子どもも大人も生産者で溢れるまちの博覧会」、首長座談会「令和時代の“特徴あるまちづくり”を語る」などを行った。
2日目は公開討論会と参加型ワークショップ「あびら100人会議」を実施。参加者と町教委、町民、子どもたちが一堂に会し「日本一の公教育とは」をテーマに子ども・大人の枠を超えて意見を交わした。
◆日本プレイワーク協会の天野氏が講演 生きる意欲は遊びから 遊びが“私”を育むもの
あびら教育フォーラム2024では初日、日本プレイワーク協会の天野秀昭理事が「戸惑う思春期、根っこの乳幼児期~“遊育”が果たす役割」と題し講演した。天野氏は子どもの頃の記憶がなく、やりたいことが何もない学生が増えていることに警鐘を鳴らし「今の子は自分として生きられていない。生きている実感を得られていない」と指摘。遊びこそ「やってみたい」の積み重ねであり「“私が生きていく価値”を育むのが遊育」と訴えた。
早くから遊びの重要性に注目し「遊育」という言葉を生み出した天野氏は「冒険遊び場」での豊富な事例を交えながら「遊び」が子どもにとっていかに重要であるかを科学的に説明し、今の子どもたちから遊びが奪われている現状に強く警鐘を鳴らした。
講演概要はつぎのとおり。
社会が変わっているのに公教育が変わらなくていい訳がない。「遊育」をもっと大切にする必要がある。昔は異年齢の子が群れをなして遊んでいた。今の子はまともに育つのだろうか。
ヨーロッパで始まった「冒険遊び場」は、国際児童年に世田谷区で日本最初のものができた。業者が造ったような遊具は置いていない。全て手作りである。
近年、ジャングルジムや上り棒などよじ上る動作ができるものは次々排除されている。転落はけがが大きいからである。でも僕らはよじ上る動作はものすごく体の発達に大切だと思う。
そこで高さ2㍍、160㌢、120㌢の台を並べた。これは倉庫であり表彰台であり遊具である。上るための足場などは全くついていないためよじ上らなければ上に上がれない。そのことがとても子どもの発達を促すのである。
大人はすぐ危ないというが、子どもが自分で上に上れたなら問題なく下りられる。上れないからと大人が抱えて上げてあげるとけがをする危険がある。
深い泥水の中でも遊ばせる。確かに雑菌はいるのだが、それが子どもの免疫を強くする。
実は子どもは適度に菌に触れた方がいい。それによって免疫機能が強化されていく。菌と共生しないと人は生きていけない。コロナ禍で子どもが菌と接しない生活を続けたため、異常が生じないか心配である。
今の子の暮らしからものすごく欠けているのはプロセス。なぜ「遊び場」は手作りなのか。プロセスが感じられるからである。子どもがプロセスに関わることに意味がある。
便利な暮らしというのは、プロセスをどれだけ省くかを追求してきたもの。物を切る時に板を押さえるだけでも、その後、物との関わりはまるで変わる。
遊ぶことはプロセスそのものである。遊ぶことはチャレンジそのものである。そして子どもは何度も何度もチャレンジする。
正解のある問題を解くのはコンピューターの方が上回っている。もう文科省もそちらは求めていない。できるかできないかは問題ではない。やろうとする意欲そのものに注目しないといけない。
プロセスをより豊かにするのが道具である。道具が使えると経験の幅がものすごく広がる。のこぎりも金づちもOK。金づちがないからくぎ抜きでたたこうなど、道具を使っているとそんな知恵がついてくる。
災害時は物がなくなる。途方に暮れてしまう。しかし、こうした経験をした子は、それではどうしようかとすぐ考える。これが生きる力の根幹である。
途方に暮れるしかない子と、ではどうしようかと考える子では災害時でもかかるストレスがまるで違う。正しさばかり追求していると、こうしたことは育まれない。
遊びには2段階ある。まずは心を発散する。そのあとで創造が出てくる。イメージしクリエイトしだす。何かを作り出すにはまずイメージが出ないとできない。
子どもはなぜ泥水の中に入りたがるか。それは神経系が成長しているからである。感覚神経が9~10歳まではものすごい勢いで発達しており、それが外側の世界をインプットしようとしているのである。子どもが外で育つ必要があるのは、このセンサーを鍛える頻度がまるで違うからである。
ぬるぬる、どろどろ、べちゃべちゃ、そうした感触は感覚神経が育っている子どもには全部大事である。それは命を守る上で重要だから。何が不快で何が快か、動物は感覚で判断する。センサーが働くかどうかは生死に関わる。
子どもは自分でそうした感覚を育もうとするからどろんこ遊びをするのである。子どもがやることには必ず意味がある。その背景を考えることが大切である。
脳科学ではアイデンティティーをどう捉えるか。私が私であるという認識、自分への信頼、私は私であるというしっかりした感覚である。そして、それを育むのは記憶。記憶の総体がアイデンティティーをつくり出している。では、記憶はどうつくられているのだろうか。
受験勉強で覚えたことを皆さんは覚えているだろうか。必死になって覚えたのに受験が終わったらほぼ覚えていないのではないか。
だが小さい時に上ったブロック塀や、傘に雨をためた音、階段を2段飛ばしで走ったこと、天気予報で靴を飛ばしたことなど、どうでもいいことの方が覚えている。なぜか?それが私の生存にとって大事と動物的に脳が判断しているからである。
情動、快と不快の判定は動物にとっては生死を分ける。テリトリーに突然知らない個体が入ってきたらめちゃめちゃ怖い。そこで逃げるか戦うか判断する。下手をすれば殺される。
命に関わるから、情動が動いたエピソードは人の脳も記憶するシステムになっている。快と不快は生命体にとって非常に重要だから。
遊びをやってみたいというのは、快の経験を求めている。良い・悪いではない。大人は正誤を教えようとばかりする。
学校帰りの買い食いは大抵学校で禁止されているが、こんな楽しいことを子どもがやらない訳がない。それが「私」をつくる。記憶の集積が私である。
遊びたい、という思いは楽しさやポジティブさにあふれている。人生には嫌なことが外から事故のようにやってくる。虐待、いじめ、歩道を歩いていても車が突っ込んでくる。それに対し「遊育」は自分から選んで取りに行く。そこからアイデンティティーが生まれていく。
大学の学生に絵を描いてもらうと、子どもの頃のことをあまり思い出せない学生がいる。僕は子どもの頃のことを何時間でも話せる。それだけ記憶がたくさんある。60代の女性は、子どもの頃のことを1枚の絵で収まらないといって裏にも描いていた。
20歳の女学生が重箱のようなマンションを横から見た絵を描いていた。話を聞くと友達とピンポンダッシュして遊んだ記憶だという。それ以外に楽しかった思い出がないのである。
子ども時代にどういう経験ができるかはその子の問題ではない。その子のせいではない。本当に不平等だと思う。
絵を描けない学生はたくさんいた。思い出すシーンがない。情動を動かすことがなかったのである。脳が記憶するような気持ちが動いたことを経験していないのである。
圧倒的に昔と違うことが二つある。一つは子どもを支配する時間。僕らの時は大人が子どもをコントロールする時間は公教育の時間だけだった。放課後は遊育のし放題。休日も習い事、稽古事なんてなく、塾も学年に1人くらい。
今は放課後まで塾や稽古、習い事、スポーツ少年団。そこは大人の決めたルールの中である。それでは私が私でいられることは難しい。
常に大人の評価を受けているのだから。
子どもは大人の力を必要とする。評価されないと生きていけない。だから、評価に応えようと努力する。そこに、周りの大人がこうなりなさいと厳しく評価したらどうなるか。その人のお眼鏡にかなうよう努力を重ねる。その結果、なくしていくのは「私」である。
相手の期待に応えるためには、私のやりたい・やりたくないは邪魔。だから殺す。それでようやくお眼鏡にかなう。そういう大人に囲まれて育ってきたから、何も覚えていないのである。
もう一つ、昔と違うのは少子化である。子どもにしたら、今の社会はやたら大人が多い。無駄に多い。優しければいいが、そうでないことが多い。そして「ちゃんとした人間になりなさい」と言われる。「ちゃんと」って何だ。
そうやって大人が基準を決めると、すぐに「問題児」が現れる。しかし僕らの遊び場に問題児はいない。変なことをする子を大人が「面白い」と思っているからである。
「ちゃんとしなさい」という大人は果たしてちゃんとしているのだろうか?そんな見方の大人が多いから、子どもがコントロールされる時間が増えている。町の中にも大人がたくさんいる。そして何かといえば指導しようとする。
子どもはもう、自分自身を乗せる「家」をつくることが不可能になっている。これは自分が生きているという感覚の喪失である。「自分探し」などということをしなければならないのも、私が生きているという感覚を実感したいからだろう。
遊びは、私が「やりたい」と思ってやっている。それ自体はどうってことないことでも、それは「私の世界」である。遊ぶというのは「やってみたい」の連続である。あれもやりたい、これもやりたい。これが生きる意欲ではないか?
大人になって「やりたいことが分からない」という人はたくさんいる。大学を出て、やりたいことが何もない。まさに遊んでこなかったつけである。
「やってみたい」の積み重ねが経験を、興味を広げていく。それがその人が生きる価値。その機会が奪われている。「私が生きていく価値」を育むのが遊育なのである。
◆安平町の教育の課題を公開討論 学校を地域の中核に 「学校=教員」の見方転換を
あびら教育フォーラム2024では2日目、「“日本一の公教育を目指すまち”の課題と挑戦」をテーマに公開討論会を行った。中で井内聖教育長は、あらゆることを教員に任せ「学校〓教員」となっていることに懸念を示し、学校を地域コミュニティーの中核とすることを提案。またコミュニティーをつくり人と人をつなぐための「遊び」の重要性を強調した。
登壇者は及川秀一町長、井内教育長、木村誠あびら観光協会事務局長、安平地区まちづくり協議会事務局の佐藤麻奈美さん。FoundingBaseの山本賢司氏が司会を務めた。
概要はつぎのとおり。=敬称略=
司会 現在のまちの課題は。
井内 教育というと子どものものと思われがちだが、町には大人も高齢者もいる。学びの構造転換が必要。学制が敷かれてからの学びの形が近年大きく変わってきている。高度経済成長から平成と何もかもが学校に集約されすぎた。総合的な学習の時間も探究も、地域で学ぶ方向を示したものだと思う。
佐藤 地域おこし協力隊として移住し、息子もいる町民目線でお話しするが、どこらへんが日本一かは正直ピンとこない。
井内 教育で何が日本一かは定義が曖昧なので、保護者や地域の方が「ここで子育てをしたい」と思った時にそうなるのかと思う。
ただ、町としては本気で子育て・教育を考えている。至らないところはたくさんあるが、教育委員会も関係者も自信を持って日本で一番真剣に考えている。
及川 日本一かどうかは、ここでなら何かやれるという期待感だと思う。子ども自身もキラキラしてくるし、大人もチャレンジを始め関係を広げ育まれている。期待感、勢いが広がっていると思う。
司会 足りない点は?
佐藤 あびら教育プランなどの計画の内容がよく分からない。
井内 学校は学校内のことをいろいろな手段で発信しているが、町の教育や子育てをどう進めているかを保護者や子ども向けに発信する媒体・ツールを町は持っていない。そうした点についてはしっかり手をつけていきたい。
子育てが一段落し、子どもと一緒に住んではいないが高齢者でもない、という世代の方がどう子育てや町づくりに関わるかが大切。
子どもの声は1人1台端末で聞けるが、そういう方の教育に対する意見をどうやって聞くか。オンラインなら十分聞けるのではないか。
及川 PTAなどを一生懸命やってきた子育てが終わった世代の声をどう聞くか。町では子ども園から高校まで学校運営協議会が導入されているので、そこを活用したい。
校長が変わると経営方針が全部変わるのではなく、きちんと地域と話し合って地域に即した教育を行っていくことが大切なので、学校運営協議会は重要である。
井内 サービスはイメージ先行で商売ができるが、町がやりたいのは移住・定住。コミュニティーは関わらないとつくれない。たくさんの関わり、体験が必要。
及川 学校だけではなく、町全体が学校。そういう町づくりをしていきたい。しかし、多世代のコミュニティーでは、町外から来た人が町民になじむのが難しい。
井内 遊ぶしかない。遊びは世代を超えられる。それも消費する遊びではなく、つくることを主体にした遊びがいい。
町立のキャンプ場にサウナを造ろう、小学生から大人まで一緒にバスケットをやろうといった感じで行っていると遊びでつながれる。遊びは言語を超えられる。外国籍の方でも。
佐藤 新しい方針の学校になじめない子も出てくる。取りこぼされる。フリースクールなど居場所づくりも大切ではないか。
木村 町がキラキラしている。いい町づくりをしていると言われるが、町の変化がこの5年間くらいすごく早く、そのスピード感に離されていく感じがある。自分の町で何をやっているかが分からない怖さがある。
町の目指すところなどを意図的に説明していく必要がある。
井内 日本の社会では学校だけがいびつである。他は住むところも仕事も結婚も離婚も子どもを産むのも全て自分で選べる。唯一、公教育の学校は選べない。
国は義務教育を受けさせなさいと言い、多様な価値観があるのに学校も担任も選べない。
学校イコール教員という見方を外すと楽になり可能性が広がる。学校がサービスになっていないだろうか。学校はコミュニティーである。
今学校にはいろいろなものが求められている。もし多様なスタッフがいて、多様な他者がいてコミュニティーがつくられているなら可能かもしれないが教員が全てをこなすのは限界である。
教員が全部やらなければいけないという「学校=教員」の見方を変えたい。学校が地域のコミュニティーの核となれば、地域づくりが可能になる。
司会 学校にいろいろなスタッフがいればOK?
井内 それが可能なら取りこぼした子に対応できる。先生にしか相談できないのではなく、先生ではない人が相談に乗ってくれる環境が大切。子ども家庭センターがいじめや不登校をサポートするなど、学校〓教員ではなくいろいろなスタッフがいること。
及川 先生方は忙しすぎる。そこで町でも部活動の地域移行を進めている。子ども家庭センターや家庭支援を行う健康福祉課と教育委員会がさらに連携を密にする体制を検討している。
教育は町づくりである。それには人員が足りていない。外部の力、地域おこし協力隊の大幅な増員など、忙しさの解消が課題である。
司会 教育とは誰のためのものか。成果をどう測るか。
木村 学びや教育は主体的にどれだけ関われるか。成果は人それぞれ、自分がどう捉えるかによっても変わると思う。
佐藤 日本一の公教育の中身は何か。一人ひとりが語れることは大切。そういう場づくりをしていきたい。
井内 教育を語る時、みんな自分自身をおいて教育する側に立って語りがち。皆さんは教育を受けてきたが誰の教育の成果であなたがあるだろうか。そういう考えは僕はイヤ。誰かの教育の成果ではなく、今の自分は自分がつくったと思いたい。
だから、CFCI(子どもにやさしいまちづくり)を進めたい。子どもが自分の意見を先生にも、上級生にも、授業の中でもしっかり言えるようにしたい。
もう一つは遊べること。遊びは人をつなぐ。学校の中で学年を超えて遊べたら学年を超えてつながることができる。
遊びを極めると探究的な学びになる。遊び心、ワクワク、ワイワイ、そうした在り方を見つめていきたい。
司会 どんな町になることが安平町にとって豊かか。タワーマンションがばんばん建つ豪華な町だろうか。
及川 CFCI、子どもにやさしい町づくりを目指したい。子どもにだけ優しいのではない。誰にとっても優しい町、そういう意識を持って全ての取組、事業を進めていきたい。
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あびら教育フォーラム・日本プレイワーク協会の天野理事
あびら教育フォーラム公開討論
( 2024-09-25付)